現場で怪我をしたらいくらもらえる?医療保険・ガン保険に入る前に知るべき公的保障の話

公的保障・保険

送電線の仕事は体が資本です。

高所作業、重量物の運搬、夏の酷暑に冬の寒風。
怪我のリスクは、デスクワークの人とは比べものになりません。
実際、現場で怪我をした人を見たことがある方も多いはずです。

「体が動かなくなったら家族はどうなるんだ?」

この不安は本物です。
だからこそ現場の人は保険屋さんの言葉に弱い
「お仕事柄、万一の備えは厚くしないと」と言われて、
医療保険、ガン保険、収入保障と、月2〜3万円の保険料を払っている人が大勢います。

でも、ちょっと待ってください。

その保険、「すでに入っている保険」と中身がかぶっていませんか?

前回の記事(給与明細の読み方)で書いた通り、あなたは毎月給料から健康保険料と厚生年金保険料を払っています。
会社も同じ額を払ってくれています。
その保障内容を知らないまま民間の保険に入るのは、家に消火器が10本あるのにまた消火器を買うようなものです。

この記事では、病気や怪我をしたときに「すでに使える」公的保障を実際の金額で見ていきます。


医療費が爆増しても大丈夫:高額療養費制度

「大きな手術をしたら何百万円もかかるんでしょ?」——これが医療保険に入る一番の動機だと思います。

結論から言うと、かかりません。

健康保険には高額療養費制度があり、医療費の自己負担には月ごとの上限が決まっています。

年収の目安自己負担の上限(月額・目安)
〜約370万円約57,600円
約370万〜770万円約80,100円+α
約770万〜1,160万円約167,400円+α

たとえば年収500万円の人が、手術と入院で医療費が1ヶ月に100万円かかったとします。

  • 窓口負担(3割):30万円
  • 高額療養費制度の適用後:約87,000円

100万円の医療費が、実際の負担は9万円弱です。
事前に「限度額適用認定証」を取っておけば(今はマイナ保険証でも対応できます)、窓口での支払いも最初から上限額で済みます。

【重要】2026年8月から自己負担の上限が引き上げられます

知っておいてほしい改正があります。
2026年8月から、この自己負担上限が引き上げられます。

年収の目安改正前(月額)2026年8月から(月額)
〜約370万円約57,600円約61,500円(+3,900円)
約370万〜770万円約80,100円+α約85,800円+α(+5,700円)
約770万〜1,160万円約167,400円+α約179,100円+α(+11,700円)

先ほどの「年収500万円・医療費100万円」の例なら、自己負担は約87,000円から約93,000円になります。
さらに2027年8月には所得区分が細かく分かれる第2段階の改正も予定されています。

改正は負担増だけではない:「年間上限」の新設

一方で、改正は負担増ばかりではありません。
2026年8月からは自己負担の「年間上限」が新たに設けられます。

これまでの高額療養費制度は「月ごとの上限」しかなく、治療が長引いて毎月上限まで払い続けると、年間では100万円近い負担になることがありました。
改正後は、1年間(毎年8月〜翌年7月)の自己負担の合計が以下の額に達すると、その年はそれ以上払わなくてよくなります。

年収の目安年間上限額(目安)
住民税非課税約29万円
約200万円未満(住民税課税)約41万円
約200万〜370万円約53万円
約370万〜770万円約53万円
約770万〜1,160万円約111万円
約1,160万円〜約168万円

たとえば年収500万円の人がガンの治療で1年間ずっと医療費がかかり続けても、自己負担は年間で約53万円までです。
長くガンや難病と付き合う人への配慮として新設された仕組みです。

2027年8月からは所得区分もさらに細かく変わります

2026年8月の改正に続いて、翌2027年8月からは所得区分の区分わけも変わります。

現在は5段階に分かれている所得区分が、収入に応じてより細かく分類されます。
特に「年収770万円以上」の方の区分が細分化され、収入が高いほど自己負担上限額が上がりやすくなる方向で調整される見込みです。

現場仕事をされている方の多くは「〜約770万円」の範囲に収まるため、この細分化による影響は比較的小さいです。
ただ、班長・所長クラスや一人親方で収入が高い方は、2027年8月以降の動向も引き続き確認しておくとよいでしょう。

ここで大事なのは、この数字の意味です。
「医療費で備えるべき最大額は年間53万円」と、国が上限を示してくれたようなものです。
月10万円弱×数ヶ月どころか、1年フルに治療しても53万円。 
これなら預貯金で備えられます。

ここで保険屋さんはこう言うでしょう。
「ほら、公的保障は削られていく。だから民間保険が必要なんです」と。

惑わされないでください。 
月額上限の引き上げ幅は月3,900円〜です。
月数千円の負担増に備えるために、月数千円〜1万円の保険料を何十年も払うのは計算が合いません。
答えは「保険を買う」ではなく「預貯金を少し厚めにする」です。

※ただし、入院中の食事代の一部や差額ベッド代(個室代)、先進医療費は対象外です。
とはいえ大部屋を選べば、差額ベッド代はかかりません。
※改正後の金額は加入する健康保険・所得区分により異なります。
最新の確定額は協会けんぽ・厚生労働省の資料でご確認ください。


働けない間の生活費:傷病手当金

「医療費は分かった。でも働けない間の収入はどうする?」——もっともな疑問です。
体が資本の仕事ならなおさらです。

ここで出てくるのが傷病手当金です。

  • 病気や怪我で仕事を休んだとき、給料の約3分の2が支給される
  • 期間は通算で最長1年6ヶ月
  • 健康保険に入っている会社員なら、自動的に対象

月収30万円の人なら、月約20万円が最長1年6ヶ月支給されます。
合計すれば最大360万円規模の保障です。

これ、民間の保険会社で同じ内容の「就業不能保険」に入ったら、決して安くない保険料を取られます。
あなたはそれをすでに持っているのです。 
毎月の給与明細から引かれている健康保険料は、この保障の掛金でもあります。


仕事中の怪我なら最強:労災保険

そして送電線業界の方に一番知ってほしいのがこれです。

仕事中・通勤中の怪我は、労災保険の出番です。 
健康保険ですらありません。

給付内容
療養(補償)給付治療費が自己負担ゼロ。3割負担すらなし
休業(補償)給付休んだ期間、給料の約8割(特別支給金込み)が支給
障害(補償)給付障害が残ったら、等級に応じて年金または一時金
遺族(補償)給付万一亡くなったら、遺族に年金

注目してほしいのは2点です。

  1. 治療費がゼロ円。 
    高所からの落下で大怪我をして手術・長期入院になっても、治療費の自己負担はありません
  2. 休業中は約8割が出る。 
    傷病手当金(約3分の2)より手厚く、しかも休業が続く限り支給されます

しかも労災保険の保険料は全額会社負担です。
あなたは1円も払っていません。
アルバイトや日雇いでも適用されます。

現場仕事で一番起きやすい「仕事中の怪我」に対しては、すでに最強クラスの保険に入っている。
 これが事実です。
民間の医療保険に「現場仕事だから手厚く」入るのは、リスクの方向がズレています。

※万一「労災を使うな」と言う会社があれば、それは労災隠しという違法行為です。労働基準監督署に相談してください。


障害が残ったら:障害年金

「治らないレベルの障害が残って、二度と現場に戻れなくなったら?」

最悪のケースも見ておきます。
ここで出てくるのが毎月の給料から引かれている厚生年金です。

会社員が障害を負った場合、障害厚生年金が支給されます。
国民年金だけの自営業者より、1〜2段手厚い仕組みです。

  • 障害の等級に応じて、生涯にわたって年金が支給される
  • 配偶者や子どもがいれば加算もある
  • 仕事中の怪我なら、労災の障害給付と障害年金の両方から支給される(一部調整あり)

さらに万一亡くなった場合は、遺族厚生年金が家族に支給されます。

「年金保険料は払い損」と言う人がいますが、年金は老後のためだけのものではありません。
障害と死亡に備える「保険」としての機能を、現役世代のあなたもすでに持っているのです。


それでも民間の医療保険は必要か?

ここまでを整理します。

起きること使える公的保障自己負担の目安
大きな病気で手術・入院高額療養費制度月9万円台(2026年8月以降)
治療が1年続く高額療養費の年間上限(2026年8月新設)年約53万円まで
病気で長期間働けない傷病手当金(約2/3、通算1年6ヶ月)収入減の一部
仕事中の怪我労災(治療費ゼロ+休業約8割)ほぼなし
障害が残る障害年金+労災の障害給付
死亡遺族年金+労災の遺族給付

これを見た上で質問です。

「生活防衛資金として100〜200万円の預貯金がある人」に、月数千円〜1万円の医療保険は必要でしょうか?

私の答えは「不要」です。
医療費の自己負担は高額療養費制度で月10万円弱、年間でも約53万円に抑えられます。
それを払える預貯金があれば、保険の役割は預貯金が果たせます。

民間医療保険を検討していいのは、貯金がほぼゼロの人だけです。
そしてその人が本当にやるべきは保険に入ることではなく、まず100万円貯めることです。
貯金が貯まったら保険は解約すればいい。
保険は「貯金ができるまでのつなぎ」と考えるのが正解です。


「2人に1人がガンになる」のカラクリ:ガン保険が不要な理由

最後に、保険屋さんの一番の殺し文句を片付けます。

「日本人の2人に1人はガンになる時代ですよ」

この数字自体は本当です。
でも、重大なごまかしが隠れています。

カラクリ①:「2人に1人」は生涯、つまり高齢期込みの数字

「2人に1人」は、80歳、90歳まで生きた場合の生涯の累計です。
ガンは基本的に高齢者の病気で、罹患者の大半は高齢になってからガンになります。

働き盛りの20代〜40代でガンになる確率は、生涯の数字とは比べものにならないほど低いです。
つまり「2人に1人」を理由に、30歳の人が今すぐガン保険に入る理由にはなりません。

カラクリ②:ガンの治療費も「高額療養費制度」の対象

「ガンになったら治療費で破産する」というイメージがありますが、ガンの手術も抗ガン剤も放射線治療も、基本的に公的保険の対象です。
つまり高額療養費制度が使えます。
月の自己負担は他の病気と同じく、年収500万円なら9万円台で頭打ちです(2026年8月の改正後の水準)。

しかも2026年8月からは年間上限も新設されます。
年収500万円なら、ガン治療が1年続いても自己負担は約53万円まで。 
働けない期間は傷病手当金も出ます。
「ガン専用の保険」がなくても、預貯金で十分対応できる水準です。

カラクリ③:「2人に1人」なら、そもそも保険に向かない

これが一番大事な話です。

保険が成り立つ条件は、「起きる確率は低いが、起きたら損失が巨大」であることです。
火事や交通事故での死亡がそうです。
めったに起きないから、安い保険料で大きな保障が買えます。

では「2人に1人」起きることに保険をかけたらどうなるか。

加入者の半分に保険金を払う保険は、保険料が高くなるに決まっています。 
保険会社は集めた保険料から保険金と経費と利益を出すのですから、確率が高い出来事への保険は、払う保険料と戻る保険金が近づいていき、ただの「割高な積立」になります。

つまり、保険屋さんの「2人に1人がガンになる」という殺し文句は、よく考えると「ガン保険は保険として成立しにくい商品です」と自分で言っているのと同じなのです。

確率が低いうちは公的保障と預貯金で足りる。
確率が高くなったら保険の意味がない。
どちらに転んでも、ガン保険の出番はありません。


まとめ

✅ 医療費には月の上限がある(高額療養費制度)。2026年8月から上限は引き上げられるが、それでも100万円の医療費の自己負担は9万円台。
  対策は保険ではなく預貯金

✅ 2026年8月から「年間上限」が新設。
  年収500万円なら、治療が1年続いても自己負担は約53万円まで
✅ 働けない間は傷病手当金で給料の約2/3が通算1年6ヶ月。
  すでに「就業不能保険」を持っている
✅ 仕事中の怪我は労災。
  治療費ゼロ・休業中は約8割支給。
  現場仕事の最大リスクは公的保障が一番厚い
✅ 障害年金・遺族年金もある。
  厚生年金は「老後の積立」ではなく「現役世代の保険」でもある
✅ 生活防衛資金100〜200万円があれば、民間医療保険は不要。
  保険は貯金ができるまでのつなぎ
✅ 「2人に1人がガンになる」は高齢期込みの生涯数字。
  しかも確率が高い出来事は、そもそも保険に向かない。
  ガン保険は不要


体が資本の仕事だからこそ保険の不安につけ込まれやすい。
でも本当にやるべきことは保険を増やすことではありません。

①公的保障の中身を知る → ②生活防衛資金を貯める → ③浮いた保険料を家族と資産形成に回す

この順番です。
月2万円の保険料を辞めれば、年24万円。
それだけで家族旅行に行けます。


参考文献・出典

全国健康保険協会(協会けんぽ)「高額療養費」「傷病手当金」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/

厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html

日本年金機構「障害年金」「遺族年金」
https://www.nenkin.go.jp/

国立がん研究センター「最新がん統計」
https://ganjoho.jp/

※記事中の金額は年収・加入する健康保険・障害等級などにより変わります。あくまで目安としてください。
※高額療養費制度の改正内容(2026年8月・2027年8月)は、執筆時点の公表情報に基づきます。

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